大きな声では言えないが

きちんと文章にしたわけではないがお気づきであろう、私は高齢者である。
どのくらい高齢なのか、人によって差が激しいので実年齢を表明しても意味はないと思う。
これから書くことは、公の場での発言ならば非難囂々、お若いまっとうな方からおしかりのコメントがこれでもかと寄せられそうなのだが、コメントは受け付けていないので、まぁいいさ。

私は現在に至るまで独身である。結婚したこともなく子供もおらず、貯金もない。
短大を(この辺に時代を感じるよね)卒業してから現在に至るまで、仕事はしている。生活費を稼がなければいけないからだ。
崇高な目標があったわけでもなく、やりたいことがあったわけでもなく、結婚するんだとも結婚しないんだとも思ったこともなく、家が貧乏ではないだろうが金持ちというわけではないので、遊ぶお金は自分で稼ぐ。
そのことに何の疑問も抱かず、働き始めた。
堅実な会社の正社員ではなく、小さな事務所のアルバイトみたいなものだった。
以降、私は賞与というものを貰ったこともなく、社員旅行というものも経験せずに現在に至っているのである。

働くようになって2,3年もするとそこそこのお金が稼げるようになった。
家賃を払い、社員ではないので自分の都合のみで海外旅行。小金が貯まるとまた旅行。
ホントに楽しかった。
そうこうするうちに、母親が癌を患う。
会社員ではないので、その頃には携帯に事務所の電話を転送しつつ、事務所は逃げ場として借り続けながら、住まいを実家に移しても問題はなかった。
「男というものは頼りにならない」こと病に関しては全くその通り。父と弟は母や私の送迎だけは自分たちの仕事と心得ていたが、病院との交渉から葬儀まですべて私の決断によって進行していった。
介護中が苦痛だったわけではなかったが、母を送った後解放されて1か月程ローマへ。
リフレッシュして帰り、さて残された父はどうすると考えながら、寝泊まりも可能な事務所に移転し、ベースは実家に置いたまま。
当然ながら、次は父の番だった。母よりはずっと短い闘病期間。
小さな文句はあったけど、精神的に追い込まれることもなく、二人の納骨まで済ませたとき、実家にも私にもまとまったお金はなかった。

そして、本当に一人になった私に友人たちは「寂しくない?」「怖くない?」「ほんとうにお金ないの?」と心配してくれる。
別に友人にお金を貸してくれとか、何とかしてくれと相談したわけではない。
普通に話の流れで遺産はどのくらい…?というから「何もない、この家だけ」といくら言っても信じない(笑)
両親をよく知る友人だけが、「ありうるな」と笑っている。
遺産というものもないが、私の資産もない。普通預金に300万くらいあるが、それは本当にいざというためのものなので、今現在リフレッシュにローマへと思っても、行けるわけはないのだ。

で、いい歳をして旅行の一つも行けないのかと嘆いているのかといえば、そうではない。若いときやりたいと思ったときにやってきたからだと思うのだが、行けないことがつらくないのである。
物理的に行けないだけで、恨めしくも悔しくも切なくもないのでる。
友人たちはいい歳をしてまとまったお金もなくて、老後はどうするのだ!と息巻くが、今老後だと思うんですけど…。
資産は築けなかったが、生きていくことに立ち向かう精神力は十分に強くなったのであろう。
どうしてもお金が必要になったら、しかるべき相手に頭を下げてお願いする。その時点で日も当たらない6畳一間のアパートに暮らすことになっていても、私の心はたぶんしょんぼりする程度で病んだりはしないという妙な自信を持てているだけでも御の字じゃないか?