失われた30年

「Tさんが投資を嘲笑っていた約20年間、同じ時期に株式市場のインデックスへ毎月3万円を積み立てていれば、現在の評価額は2,000万円を超えていた計算になります。実際に会社の同期にはコツコツ投資信託を続けていた人がいて、現在の運用資産は7,000万円だそうです…」というネット記事を読んだ。
そうか、30年なら3,000万なのかしら?と一文無しの自分を見つめなおす。こればっかりは100%反省するしかないのだが、今からできることはあるのか?と考えたが見つけられない。それどころか、楽しかった30年が3,000万円で買えたと思えば大満足である。
楽天的過ぎると思うけど、倹約するのはそれこそ老後が一番ふさわしいと思うんだよなぁ。

もちろん個人差はあるけれど、
例えば庭仕事・園芸全部は、全面的に楽しかったのは2、3年前までで、週に2回くらいの落ち葉掃除(常緑樹なので一年中落ち葉がある)も今は「いつまでできるんだろう…」草むしりはすでに全面的にやりたくない。しかたなくやっているけど、やりたくない。
植物が嫌いになったわけではなく、世話するのと天秤にかけてあきらめることががぜん増えてきた。
旅も年々目的だけに注力し、せっかくだからとかここまで来たのにという思いで無理をする必要もなくなった。もちろん事前の手配も世の情勢に合わせることに苦痛をともなわずに要領よく済ませられる。
うまく表現できないが、テクニックも心の対処の仕方も大金を払って学んだ実感、満足感があるのだ。

それとは逆に、定年退職の記念にパリを訪れた夫婦。1週間ということは実質観光に費やせるのは5日くらいのなのだが、その短い日程の中に1日すべてをディズニーランドに費やす日があるというのは信じられないことだ。もちろんディズニー好きならそりゃご自由にだしなんなら毎日でも驚かないけど、エッフェル塔にルーヴル美術館、ヴェルサイユにディズニーランド、手配をお願いできますかと言われると、60歳にもなって他に大事なことはないんですか?と聞きたくなってしまう。
このご時世に、夫婦でパリへ1週間。エコノミーでも100万円はかかってしまう。ビジネスクラスなら200万必要であろう。その金額をかけてその内容って、大金持ちなんですかねぇ。というかいくら大金持ちでもそれはなんだかおしゃれじゃなさすぎじゃないだろうか…

現役を終了し、好きなことをして過ごせばいい余生に突入したときに、過去30年何をしてきたかで心の平穏はずいぶん違う気がする。30年の間に何回旅行に行ったかが問われるのではない。自分の求めているものは何なのかを正しく理解する能力であろう。
その意味では、私はかなりのものを保有している。足りないのは現金のみである。